2021/07/18
7/18巻頭言「あれから三年―松ちゃん、会いたいよ その⑭」
しかし、これは座間味さんにとって「はじまりがあれば終わりがある」という取材の枠組みを超える出会いとなった。つまり、彼女は「出会った責任」を負うこととなったのだ。そして、座間味さんがそうであったように、出会いは平等であり相互的なのだ。松ちゃんにとっても座間味さんとの出会いは「出会った責任」を考えるきっかけになった。それは、松ちゃんが自立に際して語った「わしにもできることあるやろか」と向き合うことを意味していた。
座間味さんという新しいメンバーが加わり、チーム松井は面会を重ねていった。松ちゃんはと言えば、座間味さんの参加で上機嫌。「このスケベ親父!」。ただ、この素直さが松ちゃんの魅力でもある。
裁判が始まった。と、言っても即日求刑、次回判決というスピード裁判。事件の概要は以下の通りであった。病院を強制退院となった松ちゃんは、何とか小倉まで戻ってきた。そして、お酒を飲んでしまう。所持金はほぼ無いはずだが、これが野宿生活六年の実力とでもいうべきか。小倉のどこでお酒が手に入るか、松ちゃんが一番ご存じであった。
そもそも強制退院させられて面白くない。松ちゃんは誇り高き人でもある。だから、あわせる顔がないと思ったに違いない。素直に帰ることも出来ず、むしゃくしゃしていた。そして、お酒を飲んでしまった。たった一週間足らずだが、松ちゃんは入院中、当然断酒状態だった。そこに久しぶりの酒である。これはひとたまりもない。酔っ払い、訳が分からなくなった。信号待ちをしていた車に何やら話しかけ、それを無視されたことに腹を立て(そりゃ無視するだろう)車のワイパーを引きちぎり、それで車を殴打。直接暴力をふるったわけではないので幸いけが人は出なかったが、器物損壊ということで逮捕された。その後、被害者とも連絡を取り、松ちゃんとも相談の上で一旦こちらで弁償させていただくことを提案することにした。5~6万円程だったと思う。
松ちゃんは、逮捕されてからもこちらに連絡してこなかった。それは、強制退院であわせる顔が無いところに、逮捕とくると、そりゃあ穴があったら入りたい心境だったろう。連絡しなかったのは、松ちゃんなりに「悪いことをした」と思っていたからだ。だが、本当に「悪いことをした」と思ったなら、松ちゃん連絡せんと・・・と思う。このパターンの人としばしば出くわす。何か失敗した後、今後のことを相談しようとすると「もういいです。責任とって出て行きます」と啖呵を切る。「いや、いや、責任取ってここで頑張ります、でしょうが」と突っ込むが、「いや、これ以上迷惑はかけられませんから」と一見まともなことを言っているようだが、それは違う。「出て行く方がよっぽど迷惑です。本当にこれ以上迷惑かけたくないと思うのなら、一緒に頑張ってくださいね」とこちらも食い下がる。
ただ、松ちゃんの場合、そんな風にあわせる顔がないという思いを持ちつつも、あの日、留置所で再会した時、「ああ、奥田さんや」と満面の笑みで現れた松ちゃんの姿は、松ちゃんが本当は何を望んでいたかを如実に示したと思う。
つづく